ほくそんの図書室

気まぐれな小さい図書室。

『数の歴史』

 

『数学する身体』を読んでから”数学史”面白いなと思って手に取った本。

イラストが多彩で分かりやすかった。

中でも面白いなと思ったものをピックアップ。

 

 

ピタゴラス流宇宙観とその破綻

これらの数(正の整数とそれらの比)をもってすれば、宇宙にあるすべてのものを測ることができる。いいかえれば、正の整数とそれらの比に表せない幾何学上の量は存在しない。(略)ところがピタゴラス学派の人々はそのような長さ()が整数や整数の比で表せないことを発見した。一辺の長さを1にするかわりに、対角線の長さを1にすると、今度は一辺の長さが整数や整数の比で表せない。

 

これは面白いと思った。まだ√(ルート)の概念がなかったときに、整数だけで全てを表せると思っていた人たちに衝撃を与えたことであろう。ピタゴラスの定理によれば、正方形は辺と対角線の2つの長さがあり、どちらか一方が分かれば、もう一方が決まる。例えば一辺を1としたとき、その対角線の長さは二乗して2に等しくならなければならない。しかしそのような長さを整数で表せないことが分かったのである。

 

人が新しい発見をした時の過程って面白い。自分で立てた定理によって自分の考えが崩されるのって面白い。

 

第7章 数と人間 冒頭より

数が普及するにつれ、人間は数にとらわれるようになった。数の利用範囲は日に日に広がり、人間の生活全般を覆いつくしている。現代社会は数に絶大な信頼をおいており、何にでも番号をふり、数量化してしまう。だが、数値化は往々にして貧困化をまねく。数という美しい発明物が、人間の生活を貧しくするようなことがあってはならない。

 

数値で表すことによって分かりやすくなるものもあれば、逆に分かりにくくなるものもある。数字が全てではないということを念頭に様々な数字に触れたい。

 

 

算数数学というと計算や証明が浮かぶが、それだけに留まらないことを知った。小学校で習う筆算も、はじめは数の記録と計算に分かれており、そこにインド式位取り記数法と紙が現れ、今の形となった。文明の発展に伴って数学も解明されていく感じが面白い。

 

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数の歴史 (「知の再発見」双書)

数の歴史 (「知の再発見」双書)

 

 

『NMBPの理論と実際ー自立活動の方程式ー』

 

NMBPとはNew Movement Basic Programの略で「新しいうんどう基礎プログラム」と呼ばれ、横浜市立中村特別支援学校の自立活動の実践を先生たちがまとめたものである。

 

体の動かし方や位置を手や足、お腹、胸を触ってもらったり、動かしてもらったりして「ここが手なんだな」「こうやって動かすんだな」って分かっていく教育的な支援を詳しく解説している。

 

受容器(皮膚・内臓・深部組織などに分布する知覚神経終末)からの感覚情報が入力系として脳に送られ、統合される。統合された感覚によって運動プログラムが作成され、出力系として効果器に情報が送られる。その際、心にも影響を与え、また心が脳に影響を与える。

 

体のマッサージというわけではなく、先生とのやり取りをも含めた活動となっている。

 

あたらしいわたしたちのうんどう解説書 NMBPの理論と実際―自立活動の方程式

あたらしいわたしたちのうんどう解説書 NMBPの理論と実際―自立活動の方程式

 

 

『こころの科学203号(2019年1月号) 服薬と処方の心理ーくすりをめぐるコミュニケーション』

 

ぱらぱら読むと、「子どもへの薬物療法に抵抗をもつ親、薬物療法を求める親」というタイトルを見つけ面白そうだと思って買ってみた雑誌。

 

「くすりを飲むと一生手放せなくなる」という話も聞いたことがあり、「本当にそうなのか?」とモヤモヤしていたことが思い出され、他のタイトルもふむふむと読んだ。

 

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精神疾患は原因が明確に分かっておらず、治療法も確立されていない。主な治療法としては精神療法と薬物療法が挙げられている。

 

薬物療法で一度服薬し症状が治まっても、根本的な治療にはならず、再度症状が出たり、副作用に苦しんだりする。

 

そこで必要だと感じたのは、薬物療法は症状を抑えるための一つの手段であり、自分自身の回復への努力を助けてくれるものでしかないという認識を持つことだ。

 

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世の中が便利になり、あまりストレスを感じることなく、生きることができる現代人にとって、ほんの少し人間関係や仕事がうまくいかなくなると、落ち込んでしまう人が多くいるようだ。

 

 ”明日は我が身”という言葉もあるように、ストレスって自分が気づかないうちにたまっていることも多いので無理せず無茶せずだなあと。

 

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『ノルウェイの森』

 

 

村上春樹さんの作品がいつか読みたいと思っていて、最近やっと読めた。

 

性描写が多かったという印象。

 

と思ったら村上さん曰く「あの小説の中ではセックスと死のことしか書いていない」だそうで。

 

私はミステリー系がやっぱり好きだなあと思った。

 

小説って言葉の使い方が勉強になると言うか、こんな言い回しするんだという発見がある。それも好きだ。

 

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ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 

『NATIONAL GEOGRAPHIC 日本語版 動物たちの悲鳴』

 

この記事を読んですぐ予約したナショジオ

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

タイミングよく動物園に行く予定があり、檻に入れられている動物を見たり乗馬を200円で体験したり写真を勢いよく撮ったりしているのを見たりしながらモヤモヤしていた。

 

ゾウやナマケモノ、虎たちの過酷な飼育環境やセンザンコウの違法取引など、人間のエゴによって翻弄される世界の動物たちの写真を見て、またなんとも言えない感情になった。

 

動物園は種の保護や調査研究などのために存在するはずなのに、そこで飼育されている動物たちがありのままの姿ではなくなってきている。もちろん国によっても様々であるが、観光資源として浪費されている動物がいることを忘れてはいけないと思った。

 

ナショジオは写真がきれいだ。

 

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『二十四の瞳』

 

電車旅のお供に購入。とても有名な著書だが恥ずかしながら読んだことがなかった。

 

戦争に未来を翻弄される子どもたちと、それを黙って見守るしかできずに涙を流す大石先生。 

 

戦争で視力を失った男の子が一本松の写真を確認する場面では、”生きているだけで尊い”と言っているようだった。

 

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二十四の瞳 (岩波文庫)

二十四の瞳 (岩波文庫)

 

 

『数学する身体』

 

NewsPicksMagazine「ニューエリートの必読書500」で、高濱正伸さん(花まる学習会 代表)が挙げていた本の中の1冊。

 

前半は、数学がどのような変遷を遂げたかについてでとても興味深かった。

 

古代において数学は、まず何よりも日常の具体的な問題を解決するための手段であった。実際、バビロニアやエジプト、中国やインドなど、古代文明において栄えた数学はみな、政治や宗教と深く結びつきながら、実用的で実践的な営為として奨励された。(中略)ところが紀元前5世紀ごろのギリシアを舞台に、それまでとは異質な数学文化が花開く。計算によって問題を解決することよりも、「証明」によって結果の正当性を保証するプロセスに重きを置く姿勢が生まれたのだ。

 

 

”数学“というと、計算式に沿って答えを導いたり、正当性を証明したりすることを思い浮かべ、当初は「使う」ためのものだった“数”が、繰り返し用いているうちに自然と「親しみ」の情が湧いてくる。そして「味わう」べきものとなる。

 

 

 

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数学する身体 (新潮文庫)

数学する身体 (新潮文庫)